記憶の遺伝

近江真人(おうみまさひと)は中堅出版社に勤務するサラリーマンである。彼の勤務する出版社では、歴史好き

な読者のために『日本史ジャーナル』という月刊誌を発刊している。この度、新企画の「古事

記・日本書紀の謎を解く」と題する特集を組むことになり、編集室長•藤原克哉、原稿依頼担当・山下京子、

総務出納担当・池田忠志、庶務担当・和泉綾香、それに総合編集担当・近江真人が指名された。

一応、担当の肩書が付いてはいるが、企画編集は共同でやっている。その近江は不眠症に悩まされており、或る病院を受診したところ、新しく開発途中の睡眠薬の治験を受けることになった。その薬は、覚醒と睡眠のサイクルを司る遺伝子に作用して、日常のストレスで乱れた帷眠パターンを正常化するという。

その副作用として、この薬は過去の記憶に関する遺伝子にも働き、大脳の奥深くに格納されていた記憶を呼び戻す。

それは、睡眠が深く、大脳に余裕が生じたときに封印されていた品憶が夢として蘇るのだ。今までには無い極めて特殊な現象だが、近江はその副作用を体験することになった。

何故か奇跡的に先祖の淡海三船(あふみのみふね:奈良時代に活躍した文化人で、天智天皇の五世孫)の記憶が遺伝子として代々の子孫に受け継がれて来たのだ。

何という偶然であろうか、実際にこの様な事が在るのか。